スクール特集(聖学院高等学校の特色のある教育 #3)

「世界の見え方」が変わる! GIC独自科目「Liberal Arts」と「Immersion」
「Global Innovation Class」では、「Liberal Arts」「Immersion」「STEAM」「Project」の4つの独自科目を中心とした教育を展開。その4つのうちで、土台となる「Liberal Arts」と柱の1つ「Immersion」について取材した。
2021年度に開設された「Global Innovation Class(GIC)」では、グローバル課題やSDGsを自分事として理解し、高次の研究力・協働力・創造力を育成するために、「Liberal Arts」を土台とした「Immersion」「STEAM」「Project」を合わせた4つの独自科目を展開。土屋遥一朗先生(Liberal Arts担当)と小池航太先生(Immersion担当)に、それぞれの特色について話を聞いた。
新しいものを作り出す視点を身につける「Liberal Arts」
独自科目として、GICに設置されている「Liberal Arts(リベラルアーツ)」。GICの基幹となる科目として、週2時間の授業を行っている。「Immersion」「STEAM」「Project」でのアウトプット、新しいものを作り出すための根本になるスキルやものの見方、視点を身につけることが「Liberal Arts」の大きな目標だと土屋先生は語る。
「Liberal Artsを始めるにあたり、この授業で何を目指すかについて話し合いました。Liberal Artsの語義としては、『自由になって何かを生み出していくためのいろいろな技法』ということだと考えています。その上で、本校のGICで行うLiberal Artsの目的について考えました。生徒たちには、『世界の見え方を変えよう』『見え方を変えるための目を持とう』『当事者として問い、世界を描こう』という3つの柱を伝えています。今まで自分自身が影響を受けてきた思考や背景、システム、制度などから自由にならないと、新しい疑問や解決策も出てきません。まずは自己を包摂していたシステムや制度を俯瞰して分析し、相対化できるようになる必要があります。そして一旦自由になった上で、なぜ自分がこの問題の解決策に携わっていくのか考え、探究したり実践しながらそのための技法や見方を養っていこうというのが本校のLiberal Artsです」(土屋先生)
▶︎土屋遥一朗先生(国語科 Liberal Arts担当)
PBL型で進められる「Liberal Arts」
同校の「Liberal Arts」は、制度的には国語(現代文分野)の読み替えになっている。しかし、国語の授業では読解が中心となっているのに対して、「Liberal Arts」は読解も行うが、アウトプットや新しいものを作ることが中心のPBL型授業である点が大きく異なるという。
「Liberal Artsの授業では、先に『問い』があります。例えば、『100年後のbeingを考える』というテーマの場合、それを考えるために『環境は文化にどう影響するか』『デザインは人々にどう影響するか』というような問いがあるのです。その問いについて考えて、新しいアイディアをアウトプットするという目標があり、そこに向かうまでに教員が提示したテキストを読んでみようとか、生徒自身が取ってきたデータを読むということを行っています」(土屋先生)
実際に自分自身が制度やシステムから抜け出せるわけではないが、視点として抜け出して考えるという意味で、『見え方を変えるための目を持つ』ことが柱の1つとなっている。
「例えば、『デザインは人々にどう影響するか』という問いについて考えるとき、高校生ぐらいだと、何でも自由にデザインできるというイメージがあると思います。しかし、そこにミシェル・フーコーの権力論を入れてみると、デザインには権力性があることや、デザインによって人々を統治することも支配することもできてしまうこと、デザインによって意思や行動がコントロールされている可能性が見えてくるのです」(土屋先生)
「Liberal Arts」の授業は、実践ベース、プロジェクトベースで進められる。
「例えば、『デザインは人々にどう影響するか』のPBLでは6コマの授業を設定しています。まずは、自分で考えることとして、人々を繋げるデザイン、あるいは人々を排除するデザインを校内や街中で探して集めてきます。収集が終わったら、それを分析する視点を得るための文章やデータを読み、実際に自分たちが集めてきた事例を分析します。文章から読み取った知識を使って、自分たちが集めてきたデザインを分析してみることで、始めに考えた答えが更新されて『世界の見え方』が変わるのです。次に、フーコーの権力論といったより高レベルな文章に挑んで『デザインの権力性』について考えます。最後に、新しい公共空間を学校の中にデザインしてみるというワークを行います。高レベルな文書をうまく咀嚼できていなかったとしても、言わんとしていることを彼らの行動や作り出すものの中に反映できるような授業設計を心がけています」(土屋先生)
▶︎「Liberal Arts」の授業
日常生活や大学受験にも活かされる「問う力」
「Liberal Arts」のPBLは、グループワークが基本となっている。
「まずはそのグループ内で1つのものに向かって行くのですが、メンバーそれぞれ視点も意見も、集めてくるデザインなども違うことに気づきます。それらは全部Googleドキュメントを使って全グループで共有されているので、他のグループの意見なども見ることが可能です。他のグループをヒントにしたとしても、各グループでは全く違うものが出てくるので、最後に発表してもらうと、またそこでそれぞれに新しい気づきがあります」(土屋先生)
「Liberal Arts」は当初、GICだけで実施されていたが、今年度は高2の文系クラス(A・C組)の「論理国語」「文学国語」でも同様の設計に基づくPBL型授業を行っているという。
「本校では、PBLを取り入れたいと考える教員も多く、生徒主体の授業をどんどんやっていきたいという土壌があるので、今年度は他のクラスにも広げてみました。ただ、レギュラークラスとアドバンストクラスはそれぞれの目標が違うので、少しアレンジしています。普段は疑いもしないものを疑ってみようという授業なので、日常生活の中でも『疑ってみよう』という視点が得られて、『問う力』が身についてきていると感じます。成績は、成果物やレポートなどをルーブリック評価で行っており、例えば、自分の経験だけではなく、世の中にある知識を正しく使えているかどうかなど、様々な観点で評価しています」(土屋先生)
テーマは、他の独自科目とも関連できるように偏りのないように設定されており、大学受験につながるスキルも身についていくと土屋先生は語る。
「Liberal Artsで行った内容を総合型選抜の志望理由書に書いて、合格した生徒もいました。ワークとしてもかなりの量の文章や論文を読み、読んだ後に要約して意見を述べたりしているので、ワークを通して総合型選抜や小論文に直結するようなスキルが身についていきます」(土屋先生)
英語で教科を学ぶ「Immersion」
独自科目「Immersion(イマージョン)」の授業は、週6時間ある英語の授業とは別に、ネイティブ教員と日本人教員のティームティーチングで週3時間行っている。
「1年生は公共(社会科)、2年生は家庭科、3年生は保健体育を英語で学びます。大きな目的としては、Liberal Artsと同様に『世界の見え方を変える』ことです。Global Innovation Classなので、英語が重要だと思われがちですが、私はイノベーションの部分がとても大切だと思っています。アイディアとは、物事を見る視点なのです。物事をいかに別の角度から見られるかが、イノベーションにつながります。視点を100個出せれば、誰でもイノベーションを起こせるのです。その上で、自分事としてイノベーションを起こす上でなぜ英語が必要なのかに気付かせるワークを1学期に行っています」(小池先生)
例えば、ウクライナの戦争について、ウクライナ周辺国の英語メディアがどう報道しているかをリサーチする。
「Liberal Arts同様に、授業はグループワークのPBLです。5~6人のグループに分けて、モルドバやカザフスタンなどの日本大使館に派遣された日本の外交官になったつもりで、現地の英語メディアから得たウクライナの戦況を日本の外務省に報告するというワークを行います。リサーチを終えてグループごとに発表したら、ウクライナが戦争に勝つのは難しいのではないかという結論がリサーチ前より増えました。その視点の良し悪しは別として、今まで日本のメディアだけ見ていたらわからなかったことも見えてきたのです。例えば、ベラルーシのメディアを調べたグループは、政府と世論にギャップがあることに気づきました。カザフスタンを調べたグループは、ロシアがカザフスタンに駐留していた兵力を引き上げてからロシアの大攻勢が始まったので、引き上げた兵力をウクライナに投入したのだと繋がりました」(小池先生)
その報告を全員で聞いた後には、立場を変えてワークを進める。
「次に、日本代表としてウクライナの安全保障政策や和平政策を国連で発表するというワークを行います。今までは外交官の役割だった人たちが、今度は国連の日本代表という立場で発表するのです。前のワークで各国の大使館からの報告としての情報を得ている生徒たちは、それらを統合して考えた和平政策をグループごとにプレゼンします。得た視点を自分なりに整理して、解決策を提案するところまでが1つのパッケージとなっています」(小池先生)
▶︎小池航太先生(英語科 Immersion担当)
英語を学び、英語で学ぶ意義
「Immersion」の授業を通して英語で情報を得るハードルが下がり、英語を学ぶ、英語で学ぶ意義もわかってくると小池先生は語る。
「私は英語科の教員ですが、もともと社会科の教員になりたかったので、社会科の教員免許も持っています。大学や大学院ではアメリカの歴史を勉強していたので、英語を勉強しないと自分の好きなことが勉強できなかったのです。英語ができることによって『見える世界』が全く違ってくるということが、私の経験としてあります。これからいろいろな分野に進んでいく生徒たちにそれを伝えることが、私の役目だと思っています」(小池先生)
2学期は、「サステナビリティ」をテーマに授業を行っている。
「サーキュラーエコノミー(循環型経済)に取り組んでいる企業や団体をリサーチしたり、サーキュラーエコノミーに携わっているスタートアップ企業の方などに授業をしてもらっています。Immersionでも、問いが重要です。『住み続けられる街とはどのような街か』という問いを立てて、最終的には、生成AIを使ってサステナブルタウンをデザインしてプレゼンをします。自分でデザインをしたり、リサーチしたものをデザインの中に落とし込むという過程の中で、サステナビリティとはどのようなものかということが自分の言葉で説明できるようになるのです。そのような過程を経て、学んだことを活かしたビジネスを始めた生徒もいました」(小池先生)
3学期は「ウェルビーイング」をテーマに、「経済的な豊かさだけが本当の豊かさか」という問いについて考える。
「脱成長というフランスの思想を研究している大学の先生を招いた講義なども行っていますが、生徒の反応はとてもよいです。授業を通して哲学的な思想や社会のシステムに関心を持ち、ICU(国際基督教大学)に出願した生徒は、授業で紹介したセルジュ・ラトゥーシュ(フランスを代表する経済哲学者)の本も自分で買って読んでいました」(小池先生)
▶︎「Immersion」の授業
学年ごとに異なる切り口でアプローチ
「Immersion」では、1年生は「社会」、2年生は「衣食住」、3年生は「個人」という切り口で授業を行っている。
「2年生は家庭科でフェアトレードについて学び、実際にインドの工場とZoomでつないで生地を作る様子を見せてもらうなどして、異なった文化的な背景を持った人とコミュニティを形成することが主な目的になっています。3年生の保健体育では、セクシュアリティやスポーツなど、個人の選択にフォーカスを当てて、様々な視点からアプローチをします。例えば、男性、女性の描き方がどのように変わってきたか、あるいはメディアによって描き方が違うのか、スポーツの分野で選手に対する見方を調べてみるという形で行っています」(小池先生)
GICには帰国生も在籍しているので、Immersionの授業では生徒たちの英語力にかなり幅があるという。
「英語の授業では帰国生は別のクラスで授業をしていますが、Immersionでは帰国生も一緒に英語で授業を受けます。グループワークで帰国生と同じグループになった人は、帰国生から発音を教えてもらうなど、クラスメートの普段とは違う側面も見られるので、それもよい刺激になっているようです」(小池先生)
<取材を終えて>
同校の生徒たちが授業内外で取り組んでいるプロジェクトは、校外の様々な公募プロジェクトとして採択され、注目されている。「Liberal Arts」や「Immersion」によって育まれた「問う力」や「視点」がベースにあるからこそ、高く評価されるプロジェクトが次々と生まれていくのだろう。学校説明会・体験会では、Liberal Artsの授業体験ができる機会も用意されているので、ぜひ体験していただきたい。